わんもあたいむ

 

真実は美しいって口走ったけど、それは直接的な意味じゃないってわかったかしら。真実って大半が辛くて苦くて痛くって、眼を反らしたくなるものばかり。だけど、美しさとは痛いものを自ら受け入れて、もっと苦しくなって死にたくなった時に、それもまさしく、本当の、真実。真実の、真実の美しさが見えるんじゃないかしらね。だから、わたしは。ひとをしあわせにしようとしているように見えて、彼等に真実の美しさを見えないように、妨げているように思う。わたしが与えているのは、一時の幸せ。幸せに思うことも大事だけど、だけどきっと、違うんだよね。こうやって、うんぬん考えても、素直にしあわせだけが欲しいって言うひとがいる。幸せは簡単に手にはいる。そのひとの本当のしあわせを与えるには人生を半分は必要だと思う。いや、一生掛かっても手には要らないかもしれない。その人次第。だから、いま、苦しくって辛くて死にたくて死ねないひと。いま、真実のしあわせを手にいれる道の途中。もっと、もっと、もっと。

本当のしあわせって、そう簡単に手に入らないよ。でも、日常のなかのしあわせ。恋人との幸せな時間。美味しい料理を食べた時のしあわせ。晴れた日のしあわせ。家族が側に居るしあわせ。全て素直にしあわせだと感じてる。感じられるじぶんがいます。これは自慢とかじゃない。みんな、心の底から思えることが出来るようになる。このしあわせは、辛くて死にたくならなくても、思える。

真実はもっとしあわせです。昔からちゃんと、言われてる話です。わたしが初めての幸せ論者じゃありません。みんな、幸せ論者です。人のしあわせって受け入れにくい。だって、人間だから。汚くて嫉妬深くて陰湿で嘘だらけで。ってそれも、真実だけど。それで終わりにしないで、ちゃんとその嫉妬深くなってしまう自分を受け入れて、なんでそんな気持ちになるのか考えて。考える。みんながみんな、陰湿で嘘だらけじゃないの。当たり前じゃないの。

わたしは簡単にお金を稼ぎたくはないし、苦しまない恋なんてしたくない。悪い言葉を使わない良い子にもなりたくない。情は家族と動物にしか使わない。でも、それが上手く行く世の中なら、簡単なしあわせで侵食されてしまう。だから、汚いんだよ。人間は汚いから、真実の幸せを得ることができるんだと思う。。


ただ、なにも知らないで、表面しか見たことないものを批判したり嫌いになったりしないで。それにきづいて。